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Tradition

There are two categories of works
that articulate bamboo in the practice of
fourth-generation Tanabe Chiku'unsai.

四代田辺竹雲斎
CHIKUUNSAI IV
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田辺竹雲斎のインスタレーションの仕事 ―伝統工芸と現代アートをつなぐ―

Essay 田辺竹雲斎のインスタレーションの仕事 ―伝統工芸と現代アートをつなぐ―

秋元雄史 東京藝術大学大学美術館 館長/練馬区立美術館 館長

竹で編んだ空間芸術への挑戦

田辺竹雲斎の竹製の造形物が室内空間を占有している。大きいものでは数メートルあり、ときに天井と床をつなぎ、あるときには壁と床をつないで、力強く空間に存在している。それは有機的な形態を意識した彫刻的なインスタレーションであり、そこでしか見ることのできない一回限りの景色でもある。場所との関わりから生まれた形は、その都度、異なったユニークさをもっていて、場所の意味や価値を変換していく。それらは竹雲斎がつくり出した造形物として存在するが、一方で自然界に存在する形態を連想させる。例えば、桜の木の、太く、うねるような幹の形態や、また、積乱雲の下で地上から細長く天に向かって伸びる高速の渦巻状の上昇気流である、竜巻がつくり出す形態ように、自然の中に現れる、大いなるエネルギーの流れか、それらがつくり出す曲線的な形態である。

巨大な物体だが、細部を構成し、つくり出しているのは、竹ヒゴである。数多くの、直線的な、ある長さをもった、そして、それ自体ではそれほど大きくなく、強度もそれほどでもない、竹ヒゴを幾重にも編み込んでいき、大きな構造体をつくる。竹にはなんの支えもなく、”竹が編まれること”で形態が保持され、重さを保っているのである。竹が互いに反発し合う力によって形態が支えられるという不思議。

亀甲編みを応用した粗い編み方は、竹雲斎がこれまで習得してきた伝統工芸の洗練された技法からすると随分とプリミティブで、かけ離れたものであるが、巨大な造形物を出現させるために選んだのは、以外にも技法以前のそれであった。竹を知り尽くした人間だからこそ、できることでもあるのだが、竹だけで巨大な構造物を出現させるというのは、なかなか骨の折れる仕事である。しかしあえて竹工芸を根本から見直すために始めた空間のインスタレーションにおいては、そのほうが好都合であった。全てを捨てたところから、あえて挑戦することで、これまでにない発見ができるかもしれないからだ。新しいことに挑戦するためには新しい技法や方法が必要だが、それが予め予測されるようでは、大した発見にはならない。伝統技法が応用できない地点に立つことで、かえって竹の新たな可能性が開け、これまでには見せなかった異なった表情を竹が見せるだろう。竹による巨大な空間造形への挑戦は、”竹工芸の刷新”、そのためである。諦めずに挑戦していく。やがて道がひらけていくはずだ。

《天と地》からはじまったインスタレーション

道は簡単ではない。苦労の連続であった。2012年、正木美術館で行った《天と地》の展示が現在に至る竹雲斎の竹のインスタレーションの原型である。竹を編んでつくる変形した筒型状の造形は、正木美術館の和室を使用して制作された。畳と天井を支えに上と下をつなげたインスタレーションである。これまで竹雲斎が制作してきた伝統的な竹工芸でもなければ、現代的な竹のオブジェでもない。ましてや大きくても両手で抱えることのできたこれまでのサイズのものではなく、身の丈を超える超大型の代物であった。後々の展開を考えるとこのときのインスタレーションは、まだまだ小さい方であるが、それでも、すでに3m×3m×3mのサイズであった。技法にしてもこれまでのものではもはや通じない、初めから十分に既存の竹の工芸という領域は超えていた。支えのない空間に竹だけで編み上げた造形を自在に行うというのは、例え竹を編むことに長けた竹雲斎といえども相当な苦労であった。この時の様子を竹雲斎自身がインタビューの中で答えている。

「《天と地》は3mくらいの高さでしたが、当時は大きな作品を作った経験がなく、技法としてはそれ以上の重量には耐えられないような未熟なものでした。」この答えに、質問者は、「スケールを大きくすることで、かたちを維持していくことは技術的に難しくなるのですか?」と訪ねた。竹雲斎は、率直にこのように答えた。「難しいですね。私のインスタレーションは、鉄柱などを芯にするわけではなく、竹を編むということだけで成り立っています。普通、編むという技法では1mの大きさでも十分大変なんです。ですから、部屋中を編むというスケールを竹が支えることが出来るのか全く分かりませんでした」。

しかし竹雲斎は、無謀にもこの試みに挑戦し続けて、ひとつひとつ実現していく。回を重ねながら、竹の使用方法を進化させて、新たな技法開拓にまでたどり着いていく。大量の竹がそれ自体の重さと形を保持しながら空中にとどまっているというのは、なかなかアクロバティックな出来事である。工学的な計算による強度や構造を割り出していく世界とは異なり、職人的な経験と現場の感覚と知恵によって成立させている世界なのだ。条件も違えば、大きさも違う場所で、それを毎回実現していった。

現代アートか、工芸か?

竹を使用した現代アート作品はこれまでも存在してきたが、竹雲斎ほど竹を編むことだけにこだわって制作した作家はいない。だいたい他の例を見ればわかるが、釘などの他の素材も使用しているし、現代アートの場合は、ひとつの素材に偏執的にこだわり、素材がテーマの邪魔をしてしまったとか、作品が破綻してしまうところまで素材を優先するなどということは避けようとする。まずはテーマありきなので、それが成り立たないといったような状況は嫌う。作品のテーマがあり、それを実現するための材料や技法があるということだし、多くの場合、素材と作者との関係は一定の距離が保たれており、クールである。

それでも、現代アーティストの場合でも、中には竹雲斎のようにオブセッシブに自身のアンデンティティが、素材や他のアイデアなどの、なにかと一体化してしまっているという人がいないわけではない。例えば、ドットに偏執的にのめり込む草間彌生のように、だ。しかし、もしそうであったとしても、それは一代限りのことであり、その人限りで終わる。ところが工芸は、代を重ねながら素材と技法と本人の関係が続く。それは伝統という言葉に包まれて継承される。竹雲斎のように竹の職人の家に生まれたならば、もし竹が嫌いであったとしても、生涯を通じて素材と一体化していく道を選ぶ以外に道はない。家業を継ぐのであれば、自分が竹に寄り添っていくのである。ちなみに竹雲斎はこのプロセスを幼少期に自然に通過しているようだ。インタビューの中で「竹と自分は一体だ」といったようなコメントを残している。「私は、竹でしかいけないというか、竹と自分がひとつなんです。自分が竹なしには存在できないのです」という。芸術家の中では、世界的に見れば、稀なことであるが、家元制が残り、技術の伝承を重んずる日本では、いないということはない。四代目を継承した竹雲斎もその一人ということなのだ。では、その気質的に近い他の工芸作家や職人が竹雲斎と同じかというとそうではない。他の人間は、あのような巨大なインスタレーションに手を出すことなどしないからだ。

職人的な立場で考えれば、自身のアイデンティティと密接に関連する技法が破綻するような場面で「できる、できない」などと苦労したくはない。だから大掛かりな造形物を積極的に制作するといった無謀な挑戦をする人間など、工芸の世界ではそう多くはないだろう。到達点が不明確で、かつ予測が立たないような現代アートの中で自分の技術を試して、その技術が通用しない、あるいは破綻してしまうなどという状況にはだれも陥りたくはない。高い技術力をもった職人であればなおさらである。一定の成果を見込める生産サイクルが見当たらなければ、自分の技量を無駄に使うようなことはしない。毎回、ゴールが変わる竹雲斎の目指す竹のインスタレーションに下手に関わって、逆に職人としての自尊心を失うことになるかもしれないのである。だから技法の臨界点が毎回訪れる竹雲斎の竹のインスタレーションなど、工芸的な、職人的な価値観を優先する立場からすれば、だれも近づきたくないということになる。竹のインスタレーション作品が、竹雲斎以前には存在しなかったのはこんな理由だ。

それに新しい試みをしたいと思っても、ここまで飛躍したアイデアは伝統の延長線上からは生まれてこない。むしろこれまでの伝統との断絶の中からはじめて生み出されるような類のものなのだ。では竹雲斎は、どのようにして、インスタレーションという空間芸術を思いついたのか?

竹のインスタレーションを制作するきっかけになったのは、ロンドンで見た、現代美術作家アニッシュ・カプーアのインスタレーションである。それを見た竹雲斎は衝撃を受け、これからの工芸を考えると世界のアートのフィールドで活動する必要があると感じたのである。カプーアの作品は、空間や風景を変容させ、誰にでも体感できる驚きの場を提供する。現代アートの中でも直接的な作品であり、体験型アートだ。竹雲斎は、この”直接性”と”体験”というわかりやすさに惚れ込んだのだ。

「2001年から海外での展覧会を始めましたが、日本の『工芸』と呼ばれる美術は世界には存在しないので、自分の作品の説明を求められたとき、非常に難しくいつも悩まされました。これから世界を舞台に竹の表現をしていくためには、『工芸』という枠組みに捉われず、世界の市場で戦えるアートにしていかなければならないということを痛感していました」。だれにでもわかる体感型の作品をつくりたい。そのためには大型で人を包み込むほどのものでなければならないと思った。

竹雲斎は、誰にでもわかりやすく作品を提示するカプーアに関心した。そして人に、直接に働きかけていく作品を目指すのである。しかしここで間違ってはいけない。竹雲斎は、現代アートに傾倒したわけではないし、また工芸から現代アートに転向したわけでもない。竹雲斎は、工芸の世界化に向けて作品の在り方を変えていった。「だれにでもわかる」エンターテーメント性をもったアート。そこで大きなファクターとなるのは、「おどろき」である。そのためには”アクロバティックな技法の展開”と”スケールの大きさ”が必要であった。人を包み込む環境となるほどのサイズをもったインスタレーション。そしてそれが信じられない姿と技術で形成されていること。竹雲斎のインスタレーションにおいては、サイズとそれを実現する技術が重要なファクターなのである。

空間との格闘で記憶に残るギメ美術館での制作

「一番の大きな変化は、ギメ美術館での制作ですね。(《GODAI》フランス国立ギメ東洋美術館、パリ、2016年)。フランスを代表する東洋美術館でしたし、美術館のメインホールで制作できることに意気込んで、高さ6mという大きな作品を制作しよう考えました。しかし当時はまだ技術が不十分で、全く思うように出来ず、制作期間中に大失敗しました。私と弟子2人の3人で作っていたんですが、制作したものが大きすぎて竹の張りが利かず、ふにゃふにゃになってしまったり、重すぎて壁に固定出来なかったり…たくさんの問題が起こりました。美術館の方々25人くらいに手伝ってもらって、壁に付けようとしたのですがうまくいかず、「何をしてるんだ、この人たちの作品は大丈夫なのか。」という雰囲気になって大恥をかきました。朝から晩までひたすら作りましたが、技術が足りず上手くいかなくて。試行錯誤して、なんとか解決しましたが、海外で長期に制作するという疲労もあって本当に大変な制作でした。」

ここでのインスタレーションは田辺竹雲斎にとっての、大きな転換点となった。苦労しながら、「竹を編むこと」で技術の幅を広げていき、造形力を高めていった。経験を重ねていくことで、やがて空間を支配していけるようになるのである。コツをつかめば、さすがにその後の展開スピードは早い。数年で大きな空間でも自在にこなせるようになる。空間はサイズだけが問題なのではない。使用する室内が、どのような素材でできているか。石か、コンクリートか、木か、建築素材もテクニカルな部分に直接影響を与える。また、このような造形上、技術上のことだけではない。もっと本質的な空間の解釈という点でも回を重ねる毎に進化していった。それは、作品のサイズや作り上げる形態へと影響していき、よりダイナミックで、さらに強い視覚的な印象を与えるスペクタクルなものになっていく。場と造形の関係が深くなり、作品はそこでしか存在できないような独自なものになっていく。「竹を編む」ということから展開した世界は、サイトスペシフィックな作品へと昇華していった。

竹のインスタレーションは、評判となり、精力的に国内外で発表が続いていく。改めてこれまでの代表的なものをあげると、2014年の岐阜県美術館の《水の恵み》、2015年のヴェルサイユ宮殿から北約十キロのラ・セル=サン=クルーにあるフランス迎賓館の《Beyond Connection》、2016年のフランス国立ギメ東洋美術館の《五大》、2017年のアメリカ・メトロポリタン美術館の《GATE》、2019年のアメリカ・サンフランシスコアジア美術館《Connection》、トルコ・オドゥンパザル近代美術館《CONNCETION-GODAI》。竹雲斎は国内外の美術館や文化施設で制作をおこなっている。

工芸アートはどこにいくのか?

竹雲斎の作品の評価の在り方を見ると海外を含めた工芸の動向や解釈が理解できそうな気になってくる。ここのところ工芸の動きは国際的に活発化しており、竹雲斎が参加した、海外で行われた2つの美術展は、工芸に対する最近の解釈の傾向を代表するものでもある。

竹そのものが評価されてきたこともあり、2017年のメトロポリタン美術館の「日本の竹工芸:アビー・コレクション」展(Japanese Bamboo Art: The Abbey Collection、2017年6月13日~2018年2月4日)では、中国や日本の絵画の名品とともに、竹工芸作品が系統だって展示され、竹雲斎のインスタレーションも展覧会の入り口に設置された。ここでの位置づけは果たしてどのようなコンテキストの中で見るべきか未だに迷うが、古典から現代までの時間軸の中で、もっとも今の竹工芸を体現する作品として、選ばれたのだろう。このように実験的でもいいから、竹の造形とは何かを積極的に問うような展覧会が日本においてもなされるべきであろう。コンテキストを想定して、それに沿って展示していくうちに、さらに豊かな解釈が生まれるに違いない。

一方で、2016年のギメ美術館でのインスタレーション作品《五大》は単独のアート作品として設置されていた。竹工芸の系譜に押し込むでもなく、ひとつの表現物として、それ自体自立したアート作品として紹介されていた。日本の工芸は、いまだにエキゾチズムとモダニズムの混在した見方の中で鑑賞され、位置づけられることがあるが、それを突破してアートとしての明確なポジションを獲得していく可能性を秘めているのが、竹雲斎のインスタレーションである。いつの日か、世界中でアートとして自由に見ていかれるようになるといいと思う。竹雲斎の竹のインスタレーションは、それに向けて先頭を切っているように見える。

竹雲斎の仕事には、大別して三種類ある。1つ目は、伝統的な茶道具としての花生などの竹工芸、2つ目が、特に用途をもたない近代的なオブジェとしての竹作品、3つ目が、いま紹介している現代アートに対応した竹のインスタレーションである。この3つが矛盾することなく共存しており、これらの総体が竹雲斎の工芸=アートなのである。しかし、これだけコンテンツが異なるものを同時にこなしていけるのはなぜだろうか。私は、このあたりが工芸的思考のユニークな点であると思うのだが、工芸では、内容やコンセプトよりも、素材と技法が優先されていく傾向にある。造形活動の本質を技法・材料の展開と考えていくのだ。「素材と技法」は、通常現代アートの世界では、コンテンツやコンテキストよりも後回しにされる。極端な言い方をすれば、コンセプトさえよければ、作り方などは二の次になる。まずアイデアがあり、それを実現するための方法があると考える。制作の優先順位がこのようなものなのだ。しかし工芸は、異なる。技法と材料に信頼を置き、それを前面化することによってアートを実現しようとする。このような発想は、コンセプトを最優先する現代アートの世界からはなかなか生まれてこない。その意味では、竹雲斎はまさに生粋の工芸作家なのである。それはこの言葉によっても裏付けられる。

「私は物心ついた頃から竹に接しているので、竹に対する愛が他の方より少し深いのかもしれません。(笑) 素材である竹を自分の一部のように感じています。私は、竹でしかいけないというか、竹と自分がひとつなんです。自分が竹なしには存在できないのです。」これは竹雲斎の偽らざる心情だろう。その一方で、戦略家としてこのようにも考えた。「竹もこれまでの様式や伝統を受け継いでいかなければいけない反面、心を揺さぶる強いインパクトがなければ、世界に訴える表現にはならないのではないか…」

つまるところ、竹雲斎の立ち位置とは、この2つに引き裂かれて存在している。日本の竹工芸を残して行くために竹工芸を世界化しなければならない。そのための手法が竹のインスタレーションであり、だれもおこなってこなかった新しい試みなのである。前人未到の竹による巨大なインスタレーションは、どこまでも続かなければならない。